Holiday Journal

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インチョン #5 - インチョン港の開港場 ゲハンヌリギル - (Korea Tour)
 | Holiday Journal
Last Modified : 2017/04/12

Travel regions : South Korea
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朝鮮という国は1392年に建国だれ、500年以上も王朝が変わることなく続いてきました。地球で一つの王朝が500年以上も続いた国は他にいません。神聖ローマ帝国が1200年もあったという方もいるかもしれませんが、それは帝国であり、王朝ではありません。もちろんエスパニアが500年もつづきましたが、これも王朝じゃなくナポレオンが自分の兄を王にするなどのことがありました。歴史で王朝で518年も続いた朝鮮という国は日本の武力の前になくなり、日帝強占期に入ります。


日帝強占期の始まりはインチョン港周りの開港場でした。皮肉にもこれから韓国の近代化が始まりました。開港場はインチョンの中区庁があった地域で、ジェムルポ条約(1882年)によって朝鮮の門戸を開放し、近代の文物が雪崩れ込むことになりました。それでこの近くは日帝強占期からある倉庫、銀行、領事館などの近代建築の展示場みたいなところです。さあ、入ってみましょうか。



まずインチョン港から近くにある「インチョンアートプラットフォーム」です。ここは倉庫が密集していた場所ですが、インチョン市で総合文化芸術のための空間に作り変えました。ここでは才能ある芸術人の創作と展示のためのスペースを提供しています。いろんな展示が活発に行われているから芸術に興味がある方なら一度訪れてみる価値はあると思います。開港期の古い近代建築とそこに入った最新の総合文化芸術の出会いはなんか運命的な感じもします。


長く並んでいる古い倉庫が芸術家達の作業室と展示室として作り替えられました。およそ1,700坪もある広い敷地に創作スタジオ、工房、資料館、展示場と公園場がずっしり並んでいますけど、ながくて狭い道をあるいていくと開港期の痕跡でその次代をすこし感じられると思います。歩いて疲れたらH棟の1階に展示資料や本を読みながら休憩できるカフェーもあります。




若い芸術家達の奇抜な想像力が目立つ作品が道端にも展示されています。



2000年代になってもここは宅配会社などの物流倉庫に使われた場所です。今は綺麗に掃除され、芸術空間になりました。赤いレンガで作った倉庫の黄色い扉が綺麗です。



ここが上で話したH棟の小さなカフェーです。「モナリザのあくび」コーヒーも手頃な値段で売っています。足がいたいならここで休憩してもよさそうです。



面白いキャラクターが座っているベンチにはなんか書いていますね。「微笑む、あなたの目にささやかな幸せが流れているのがわかる」ここに訪れた人の目からなにかを感じたのでしょうか。



展示場に入ると絵もあるし、映像芸術もあります。作品は撮れなかったのですが、芸術に興味ある方にはいい見ものになると思います。


丘を少し登ると古い建物がひとつ見えます。ここは旧)日本郵船株式会社仁川支店です。日本郵船会社は開港期にインチョン港で物流を受け持った会社です。1888年に建てられたものですが、今でも原型そのままです。今はインチョンアートプラットフォームの事務室で使われています。



この建物も残っていますね。この家は中国式で建てられたもので、何年か前に来た時は中国人おばあさんがここの住人でしたが、今はどうでしょう。位置は清と日本の租界地の堺から中国の方です。1939年にレンガで建てた2階の併存住宅です。たまに外に出ていらっしゃるおばあさんに頼み、家の中を案内させてもらったことがありましたけど、今日はいらっしゃらないようです。




今見た中国住宅のすぐ右に清と日本の租界地を分ける階段があります。この階段から左は清、右は日本の租界地でした。だからか日本の方には日本風の建物、清の方には中国風の建物が多いわけです。石灯の模様も左と右が全然違いますよね。



階段の上には見下ろしている孔子像があります。この孔子像は韓中修交した時に、中国の青島市から寄贈されたものです。ここから見下ろしてみると昔の様子も知りたくなりますね。




昔はこうでした。上の写真と同じ場所で撮影した19世紀のものです。昔は租界地のすぐしたまで海だったようですね。今は干拓してインチョンアートプラットフォームとして使っています。




日本租界地の方には銀行や役所を除いてはあんまり昔の建物が残っていません。でも最近の建物でも壁を飾って日本風にしていますね。ビルを取り壊すこともできないだろうし、努力してると思います。



日本式の人力車の後ろにみえるのが1883年に建てらてた日本領事館でした。インチョンの開港のあと、最初に領事館を建てた国が日本でした。租界地に住んでいる日本人を保護するために2階の木造ビルでしたが、1910年に朝鮮総督府が設置され、インチョン部庁舎として使うようになり、1933年に今みえるように新築されました。光復以後はインチョン市庁として使っていましたが、今は中区庁として使っています。




魅力的なルネサンス様式の石造建築ですよね。ここは今開港博物館として使っている、旧日本第一銀行だったところです。当時海外へ出るものの関税を司っていた銀行でしたけど、韓国から生産された金を買取、今の銀行のように預金と貸出業務もやったそうです。観覧料は500ウォンなんですが、チャイナタウンで統合観覧券を1,700ウォンで買うとこの一帯の博物館にはパスできます。


開港博物館の中には1883年の開港のあとから日帝強占期までの1910年までの遺物321点、総669点を展示しています。



展示物の中で印象的だったのは甲申政変(1884)が起きて、一度も使われることなくヨーロッパのコレクターに流された韓国最初の切手でした。本物です。



そのほかにも開港のあと、大韓帝国時期から日帝強占期まで使われた郵便物と遺物があります。何かがすごいわけじゃありませんが、思ったより面白いものがそこそこありました。上は大韓帝国の「イ・デシン」という人に送る電報でした。残念ながら内容はありませんでした。あったらよかったなと思います。




ここは旧日本第18銀行で使われた「インチョン開港場 近代建築 展示館」です。1890年当時、韓国の金融を支配するためにできた銀行でしたが、1992年にはカフェーとして使われ、また博物館として再開館しました。木造ののトラスの上に日本式の瓦をのせたのが異国的です。近い時期に建てられたソウルにある大韓聖公会のソウル聖公会聖堂もこんな屋根をしています。


内部には開港期のインチョンの姿を写真として展示しています。インチョンにある古い建築と今は残っていない建築をミニチュアとして展示しています。インチョンのすべての歴史的な建築がここにある感じです。次はどこにいきましょうか・・・。




ここで展示しているものもいいのですが、私はこのビルそのものがもっと面白いとおもいます。ぎしぎししている階段を上がるとちまちました2階の空間もあります。




どの部屋もここが銀行らしい作りでした。洒落た窓などもいいですね。



旧日本第18銀行だった近代建築展示館のすぐそばには旧日本第58銀行で使われたものが並んでします。ここは開港の時、新・旧の貨幣の交換のために1892年に建てられた銀行で、韓日両国の間の払いと貿易金融のセンターでした。今はインチョン市中区の飲食業支部として使われています。フランス風のレンガ作りの2階、上下で開く窓、そして壁と柱まで昔のままです。くすんだ階段から時の痕跡が見えますか?


丘の上には高官の宅みたいにみえるのがありました。ここはインチョン市歴史資料館です。インチョンの歴史資料を発掘し、収集、整理して発刊する機関です。きれいな庭が一般にも公開されているここは日本人起業家の家だったそうです。光復のあとは社交クラブとして利用され、今は市で買い取って改築したあと、2001年までインチョン市長の公館として使われていたそうです。






インチョン歴史資料館の後門で出るとここにもまた変わったものがありました。ここは旧ジェムルポ倶楽部というところです。倶楽部は英語のCLUBです。私は一年くらい日本で住んだことがあるんですが、Mcdonaldはマック、Hot coffeeはホットコーヒーといってたのを思い出しました。


入り口が綺麗ですね。そこでジェムルポ倶楽部の入り口覚えていますか?ここは2001年のSBSのドラマ「ピアノ」の撮影場でした。



ここは社交クラブでしたけど、そういうのがここにどうしてかというと開港期に各国の租界地がインチョン港の近くに作られていて、列強の共同の利益と調整のためにお互いの交流の場が必要だったということです。それでジェムルポ倶楽部の組織し、ロシアの建築家であるサバチンに依頼して1901年に完工されました。



内部にはこの建物の目的に合う宴会場と社交室、そして図書室などがありました。今は壁面の映像でインチョンの歴史をドキュメンタリーで流しているし、座ってみることもできます。




ジェムルポクラブの歴史は波乱が多かったといえばいいでしょうか。はじめは韓国に住んでいた外国人のために作ったはずが、1914年に租界がなくなって日本在郷軍人会で使われることになり、1934年には日本婦人会、光復のあとはアメリカ軍将校クラブ、1947年には大韓婦人会、韓国戦争の中には北朝鮮軍の大隊本部、インチョン上陸作戦でまたアメリカ軍の士兵クラブ。戦争終わってからもころころ変わったので今は元がわからなくなりました。



ジェムルポ倶楽部前の階段をあがると大韓民国最初の西洋式公園である「自由公園」が見えます。ここは各国の租界地のうちにあったので各国公園、万国公園と呼ばれました。1957年のインチョン上陸作戦を記念してマッカーサーの銅像を建てながら自由公園として改称しました。特別なものはありませんが、マッカーサーの前を歩きながら自由ってのについて考えるのはどうでしょうか。




自由公園からみたインチョン港は綺麗ですよね。海の向こうにはインチョン空港へ行けるインチョン大橋は見えます。外国からきたならあの橋をわたってきているということです。



私と一緒に見回った近代歴史の現場である「開港場」はどうでしたか。ここは1882年のジェムルポ条約によって門戸を開放して朝鮮に近代文物が入ってきた場所です。各国の領事館や銀行などの西洋式の近代建築が密集していて近代文化遺産の宝庫みたいなところです。インチョンよr校で外せないコースといえます。上の地図に今日行った場所はマークしておきました。


Map

位置:インチョングァンヨクシ ジュング ヘアンドン1ガ一帯 (인천광역시 중구 해안동1가 일대)





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