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Start
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俗離山(ソンリサン)
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法住寺(ポプジュサ)-1
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法住寺-2
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法住寺-3
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レイクヒルズ観光ホテル
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宣炳國(ソン・ビョングッ)家屋-1
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宣炳國家屋-2
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松の群落地
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Finish
俗離山(ソンリサン:속리산)法住寺(ポプジュサ:법주사)
秋にたくさんの観光客が訪れる俗離山(ソンリサン:속리산)に真冬に行って来ました。雪に覆われた松のようになりたい思いからでした。以前、ですから1990年の初め頃、新入社員でまだ独身だった頃、両親を連れて俗離山に来た事があったし、結婚後の1990年代後半には、妻と一緒にセピア(車の車種)に乗って来た事がある所です。長年の思い出を思い浮かべた理由は、その頃俗離山に来るのにかかった時間が思い出されたからです。中部高速道路で清州(チョンジュ:청주)まで2時間位で来て、国道に沿って1時間30分くらい曲がりくねった道をしばらく入ると、いわゆる俗世間を離れ小理山(ソリサン:소리산)に到着しました。しかし幸いなことに今は清州-尚州(サンジュ:상주)間の高速道路ができて、俗離山ICまであるので、高速道路をおりてから15kmだけ行けばすぐです。2時間30分あれば充分に到着することができるので、全体の所要時間が1時間以上は減ったと言えます。
俗離山の高さは1,058mです。太白(テベク:태백)山脈から南西に伸びた小白(ソベク:소백)山脈の中央にそびえています。784年(新羅善徳(ソンドク:선덕)女王5年)に眞表(ジンピョ:진표)がここに至ると、畑を耕していた牛が皆ひざまずきました。これを見た農夫が、動物でもそうするのだから、まして人間なら当然のことと俗世間を捨てて、眞表に従って入山修道しました。ここから「俗離」すなわち俗世間を離れるという名前が由来しているようです。
正二品の松:
俗離山(ソンリサン:속리산)法住寺(ポプジュサ:법주사)に行く道で出会えるのがこの正二品の松です。天然記念物第103号で樹齢は600年と推定されており、木の大きさは高さ17m位になります。金枝玉葉の引き揚げのごとく保護されているところからして、この身が死んで次の世では木に生まれるなら、正二品のこの松くらいに生まれれば、人間が羨ましくないことでしょう。
1464年、朝鮮王朝世祖(セジョ:세조)が俗離山法住寺に出かけた時、乗っていた御輿が、この松の下の枝にひっかかりそうで気にとめて「輦(ヨン:연)がひっかかる」と言うと、松は自ら枝をすっと上げて、御駕(オガ:어가)を無事に通過させたと言う。このような縁で世祖はこの松に正二品(現在の長官級) の官職を下したそうです。下部に外科手術の跡が残っているものの、まだ樹勢が良好で樹形は傘を広げたように美しいです。左右対称と正三角形の優雅な姿を誇り、長い間多くの人から愛されて来ましたが、30年ほど前マツバノタマバエの感染に続き、強風と暴雪などが相次いで枝が折れる被害を被りました。今は左側部分がなくなった直角三角形の見すぼらしい姿に変わって見る人々をがっかりさせています。
法住寺(ポプジュサ:법주사):
「法住寺(ポプジュサ:법주사)は新羅時代に初めて創建されてから長 い歳月の足跡を寺内外の多くの遺物と遺跡にそっくりそのまま持ち、今日のこの地の弥勒信仰の本山だと称えられます。」-法住寺ホームページ
1939年弥勒仏の造成が始まりましたが、しばらく中断された造成事業は以後朴正煕(パク・ジョンヒ:박정희)大統領の寄付により1963年3月に再着手して1964年に完工しました。
俗離山は徒歩で行く道が本当に美しいです。左右にストレスを受けずにまっすぐ育った感じの松と光葉樹が法住寺に行く足どりを軽くしてくれます。
木のそこかしこに私たちの傷つき疲れた魂を慰めてくれるいい言葉があり私たちを包んでくれます。
法住寺に向かう人よりはるかにたくさんの人が、リュック姿で元気に俗離山の頂上に向かっていることを感知し始めた頃、俗離山国立公園案内図が真っ先に私たちを出迎えてくれます。
天王峰(チョナンボン:천왕봉)1コース : 法住寺探訪支援センター-洗心亭(セシンジョン:세심정)-文藏臺(ムンジャンデ:문장대)-天王峰-洗心亭-法住寺探訪支援センター (所要時間 8時間、距離:14.5km、難易度 : 中)
2016:02:02 10:36:40
法句経の魅力が感じられる文句です。愛する人から傷を受けた人をやさしく撫でてくれるようです。
空は青くさわやかで、透んだ冷たい空気が風景を青く透明にしています。
お坊さんの舍利塔(サリタプ:사리탑)が集まった浮屠殿(ブドジョン:부도전)が右の方に現われます。とても整然として現代的な施設のように見え、この前見てきた高敞(コチャン:고창)の禪雲寺(ソヌンサ:선운사)のそれよりは古色蒼然たる風情はない感じでした。